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2015年1月21日水曜日

念力少年 新世紀編 ― ヒーローと呼ばれて


「ねえ、翼の上に人が居るよ」
愛娘チェインが、同席の父ロブの裾を引っ張った、二人は数年ぶりの里帰りの為最新鋭機DC-S101に搭乗していた最中の出来事である。
「こんな超高度で人は居られないよ」
半分呆れ顔でロブは何気なく窓外に、小刻みに震える主翼が見えただけで、鼻息を吐いて娘に、妖精さんでも見たんだろう?とたしなめようとした。
「パパ、ホラ翼の前に」
「何も居ない……」
と言いかけて外を見ると一筋の白い何かが翼の前部から流れるように見えた、それでロブは青ざめる、
「いかん!燃料漏じゃあ?」
事の重大さに思わず声を大きくしてしまったが、機内は殆どが仮眠中で気づく者は居なかった。
「チェイン、パパ機長に話が有るから一人でお留守番してくれる?」
「うん、分かった」
ロブは静かに席を発つ、娘は窓外に夢中になっていた、外には確かに人影がはっきり見えていた。


「燃料が漏れてる!」
アテンダント控え室に飛び込んで直ぐロブは訴えた。
始めは怪訝そうだった彼女等は、ロブの蒼白な顔を見て無視できないと感じ、窓外を覗く、確かに白い筋が有るのを確認、直ぐにアテンダントは機長に報告に行った。


このDC-S101は、成層圏の上を飛ぶ事を前提に設計された、初の半宇宙船型の航空旅客機で、今回が処女飛行だった。
成層圏の上を飛ぶ事で空気抵抗を減らして燃費と速度を格段に改善出来、しかも一回で最大200名以上の客を運べるという、これからの主流となるトランスポータで、当に未来世界の象徴的存在だった。


その初フライトで起こった出来事である、機内には初とあって各国の要人も多く報告を受けた機長は緊張した。
「直接確認したい」
そう言ってエドウィン機長は、コパイに操作を任せて、シートを降りた。
客室は薄暗く多くの客は寝ている、物音を立てないように速やかに移動して、エコノミー席へ移動する、ロブの
「私の席は翼の真横です」
との助言に従い、彼の席へ来た。
固唾を飲んで窓外を覗くエドウィン、すると確かに前翼中央辺りから白い筋が流れるのを確認した、
「どうなんですか?」
ロブが機長の耳元で囁く、
「ロブさんご協力感謝します、この事は他言無用に願います」
それだけ答えて速やかに機長室に去っていった。




戻った機長はアテンダントを閉め出し、部屋を密室にした後で、とんでもない事を吐いた、
「緊張着陸は出来ない、この機は失敗は許されない」
コパイは耳を疑った、
「このままじゃ全員真空に投げ出されますよ!」
「上からの命令だ、このまま飛ぶ」
「気でも狂ったのか?機長!」
動転してコパイは席を離れようとした、機長は逃げる彼の背を捕まえ、
「ここからは出せんのだ!」
そう言って首に筒の様なものを刺した、
「ゴフッツ」
コパイはその場で動かなくなった、体は無重力の中で虚しく機長室に漂った。
ふと、エドウィン機長は窓外に信じられない光景を見る、外に金色に輝く人の姿が見えるのだ、エドは驚愕して窓に釘付けになる。
間もなく声が聞こえた気がした、
「今から機体を曳航する」
「バカな、出来るものか!」
誰も居ない室内で聞こえた声に、無意識に叫ぶ、冷静にみて話せる者は居ない筈だ、インカムはさっき切った、すると外の誰かしか居ない、当にバカな、状態だった。
しかし現実は高度計が上がり、方角計が自動設定値より右8°修正された、
「誰だ!何をする」
機体は完全に乗っ取られている、
「四キロ先に衛星がある、このままそこまで引っ張ってみる」
「衛星?」
この時代、地球の円周には三基の多目的宇宙ステーションが回っていた、その一つプロメテウスが航路付近に居たのである、ここにドッキング出来れば、大方の修理が可能である。
やがて、機長の目前に朱塗りの外観をした巨大な人工衛星が見えてきた、
「プロメテウス……」
人を造ったとされる伝説の神の名前を冠した朱い外壁の空の要塞は堂々と輝いていた、
「しかし、アポなしで受け入れる筈がない」
エドは独り言で呟く、すると衛星から回答が入ってきた、
「プロメテウス、申請通りDC-S101のドッキングを許可、レーザービーム誘導に切り替え願う」
事前申請した覚えがない!エドは当惑しつつも遠隔誘導に切り替えた。


一時間後、プロメテウス内でついさっきの出来事を反芻する機長エド、周りでは乗客が乗員の緊急措置の迅速さを称えあって騒がしかった。
未だ起こった事が信用出来なかった、
「あの声は何だったんだ?」
乗客の知らない空恐ろしい事実を一人抱えてエドは震える、周りでは相変わらずお互いの幸運を称えあっている、そこからの疎外感は異常な程彼を追い詰めていた、その時声がする、
「コパイを殺すことは無かった」
「ウッ、言うな!」
慌てて周りを見渡すが、彼に声をかける者は見当たらない、呼吸が段々荒くなってきた。
取り乱しそうになって、エドは辛うじて洗面室に逃げ込んだ、顔を洗って呼吸を整え、鏡で疲れ果てているであろう我が姿を写し出す。
鏡に映った姿を見てエドは狼狽した、映っていたのは、コパイの姿だった!ついでにその後ろには、小汚ないマントを
羽織った少年が立って居たのである。
振り返ろうとするが出来なった、金縛りにあったように身動き取れないまま、彼は少年に残酷な通告を受ける、
「エド、あなたは一生その姿で生きねばならないよ」
「ヒーーーーッツ!」
殺した相手の姿で一生?
力なく崩れるエド、いつの間に少年の姿はそこに無かった。


このDC-S101初フライトにまつわる事実は、その後数人のエージェントによって証拠を抹殺され、世間には奇跡の初フライトとして、DC-S101の知名度アップ利用に演出されていった。
機長の消息をいぶかしむ向きもあったが、それよりコパイの英雄話が全面に出て忘れ去られる。
コパイに成った事で機長のエドは、上層部からの不義を追求されることは無かったが、結局は英雄としての宣伝効果が薄れたのを機に会社を解雇され、職を失って表舞台から姿を消した。


それから数日後、場所は大手総合商社であるI.O社内幹部会議室、覆面をした12名の幹部の揃う中、エージェントの調査報告が成されていた。
「……以上、コードネーム゛キッド゛の介入の可能性は高いと思われます」
議場がざわつく、それを制するようにナンバー2が、
「ヌルイな、素性は特定したのか?」
「いえ、未だ」
「貴様に幾ら投資したかな?」
「恐れ入ります!」
「オマエは目撃者を探して連れてこればいいのだ、後はこっちでやる」
「目撃者?といいますと」
「質問は許さん、関係者を全て洗え、必ず居る筈だ、オマエに次は無いぞ」
「直ぐに!」
そのままエージェントは消えた。


その日の夕方、一人の少女の姿が家族から判らなくなった。
警察に操作願いが出された、名前はチェイン・ランドリン、そう、DC-S101の初フライトに搭乗していたロブ・ランドリンの愛娘である。
しかし、なぜか警察の動きは鈍かった、父ロブは警察に詰め寄るが、最初数日を少人数で探してはくれたが、その後決め込んだ様に、
「もう手立てが有りませんので探しようがない」
と言うばかりで取り付く島がない、それでもしつこい父に仕舞いには、
「家族が犯人という事は良くある話でしょう?」
とロブに嫌疑の目を向け出す始末で、遂に諦め、肩を落として署を去らざるを得なくなった。
「どうしてウチの娘なんだ?」
ロブは現実を呪った、落胆のまま彼は家に戻って、力なくソファに腰を落とす、室内は娘の居た頃の活気がなくシンとして、外の車の通る音だけが漏れてくる。
どれ位そうしていたか?
項垂れる彼に誰かが囁いた、
「誰だ!」
周りをみるが、当然誰も居る筈が無いがふっと調度品のアンティーク鏡台の鏡に目が留まる、人が映っていた、
「オマエいつの間に?」
鏡の反対を見るとみすぼらしいマント姿の少年が立って居た、
「警察を呼ぶぞ!」
「警察を信用出来ますか?」
「うっ!」
ロブは言葉に詰まった、少年が言う通り今の彼に信用できる筈がなかった。
「なぜ私の心が解るんだい?」
少年は、表情一つ変えずに、応える
「私はチェインに逢いました」
「貴様か?娘を誘拐したのは」
「いいえ、逢ったのはDC-S101の機上です、彼女笑っていた優しい娘です」
それを聞いてロブは突然涙が溢れて号泣した、暫く泣く間少年は黙って彼が収まるのを見守った。
やがて収まったロブは、少年の見方が変わっていた、
「不思議な少年だ、慈愛に満ちている」
「理解してくれてありがとう、でも時間が有りません」
「どういうこと?」
「お嬢さんを早く助けないと」
その言葉にロブはいきり立つ、
「娘の居場所を知ってるのかい?」
「協力して下さい」
「ああ!命でも差し出すぞ」
その後少年はとんでもない提案をした。
「あなたの身体を貸してくれませんか」
父は迷わず首を縦に振った。


その日の深夜、間もなく日にちが変わろうとしていた頃、ある施設の研究室の様な一室に幼い身体が手術台の上に横たえられている、その周りで忙しく数人が装置の稼働準備に奔走していた。
その部屋の壁に反対側からは素通しのパネルがあり、その向こうから怪しく見守る12名の視線が有った。


間もなく少女の横たわるベッドが垂直に起き始め、その後横から板状のスキャナが寄ってきて彼女の頭直ぐ横に固定された、それを確認した研究員は、
「何時でも始められます」
そう言って止まった、パネルの向こうで何かが話し合われたらしく、暫く間があった後で、
「始めよ」
との声が響く、研究員は忙しく操作を始める、とその時施設内の電力が一斉に遮断され真っ暗になる、間もなく非常電源が作動して、赤い非常灯がついて明るくなる、パネルは液晶のため不透明度はゼロになり、向こう側の様子が丸見えだった。
彼らは研究員に、
「こちらを見たものは生きて帰れないと思え、絶対見るな!」
そう叫んだため研究員はみなうつ伏せになった、しかし一人だけパネルに向かって立つ者が居る、彼らは叫んだ、
「死にたいか!」
一括するかの声にも動じない男は、聞こえなかったかのように、繋がれた少女を下ろそうとする。
「何をする!」
責める声にも気にする事無く作業を淡々と続ける研究員、思うようにならない状態に我満ならない彼らは、
「そいつを殺せ!」
と室内の研究員に命じるが、
「身体が動きません!」
「戯け!」
彼らの一人が、一歩前に出て粋なりパネル越しに発砲する!
ドン!ドン!ドン……
弾が切れるまで容赦無くベッドに向かって撃ち続ける。
直ぐにパネルは砕け、彼と少女に弾が飛ぶ、彼は少女を守った。
撃ち終わった頃、赤照明は通常に切り替わり、その惨劇が露になった。
部屋中に硝煙の悪臭が漂う、狙った相手は肉片になっている筈だった、しかし彼は何事も無く起き上がって、娘の無事を確かめて、12人の前に立ちはだかる。
「娘は父が守った!貴様らは許さん!」
その後目がギラッと光ると全体が凄まじい閃光に包まれる、慌てた彼らは、
「シェルタを!」
そう叫ぶか否か、


ズドーーン!


轟音を立てて皆が気を失った。


何れだけ経ったろうか、街の中を娘を背負った父親が、ゆっくり歩いていた、暫くして眠っていた娘が目を覚ます。
「起こしちゃった?」
「パパ、私なんでおんぶされてるの?」
「たまには良いだろう?こういうのも」
「うん、パパ愛してる」
「ああ、パパもチェインを愛してる」
彼も何があったか?はっきり覚えがないが、記憶の片隅に誰かの言葉が残っていた。
「貴方が我が娘を守ったスーパーヒーローですから」
その言葉に、ふっと自嘲して、
「そうだ娘のヒーロー、ありがとう」
名も無き幻の少年に感謝する、娘は首を傾げたが彼女へは何も答えず背負う手に力を込める、
やがてビルの隙間から朝日が射し込んで家路までの道を照らす、長い影が先まで伸びた。
ロブは自宅までの帰路を娘と会話を楽しむ、
「えっとね、翼に金色の男の子が乗っててね、私に手を振ったんだよ」
「ふーん」
「私、嘘ついて無いよ」
「うん、パパもそう思うよ」
「妖精さんかなぁ?」
「きっとスーパーヒーローさ!」
「わぁ!カッコいい」
「ああ、優しくてとっても強いんだ!」
二人が出会ったのは誰なのか?
父娘は一時の奇跡に、心ときめかせて町の中を帰っていった。


おわり

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